第十七章
霖雨
「なぜアニンは遠く離れたカンチャナブリー*へ赴くパッタミカ叔母様に仕えて来なさい、とプリックに言ったのですか」
雨が降り続いていたある日の午後二時に差し掛かりそうな頃、ピンは松宮に足を踏み入れ、開口一番アニン王女にそう質問をした。
「じゃあ、プリックが一緒に行ってはいけない理由があるのですか」
アニン王女はバルコニーの側にあるソファで今日も今日とて本を読んでいた。本から視線を外し、顔を上げてピンをの顔を見ると、その美しい顔にはアニン王女が気付くことが出来ない不安を感じていた表情があった。
「それは……もし、プリックがいなかったら、アニン王女は困らないのですか。この松宮でどこを見渡しても使用人はプリック一人しかいないですし」ピンの綺麗な眉が不安を語っている。「プリックがいなかったら、誰がアニンの面倒を見られるのですか」
「それは、全然気にするようなことではないわ」アニン王女は笑いながら答えてくる。「本音を言うと……私は何かを自分の力でやる方が好きなの」
「ですが……」
「ピンさん、忘れてはなりませんよ。私が留学してる間、身の回りのことは全て私がやっていたのですから。あっちで使用人を探すのも可笑しな話ですし、パッタミカ叔母様がご友人の行事に参加をされるのも数日程度じゃないですか。プリックは宮殿の外の世界を全く知らないし、知らないまま余生を送るのもあまり良いものではない気がするわ。宮殿全体を見回すと使用人は皆忙しそうにしているけど、プリックだけは違って毎日宮殿の中を自由奔放に遊び回っている。総合して考えると、この指示はあまり悪くないものだと私は思いますよ」
ピンが口を割って入る隙を与えず、アニン王女は色々な理由を吐き出した。しかし、ピンの表情はどうやら納得がいかない様子だ。
「それに、私は誰かに四六時中私のことばかりを気にしもらって、優先してもらいたいなどとは思っていませんわ」
「……」
「私はピンさんにだけ気にしてもらえれば……」