第十章
灰色の雨
「レディ・ピンはここで雨宿りされていらっしゃったのですね。私めはずっと探しておりましたので」
あの日から成長したプリックのピンを呼ぶ声が、辺りに響き渡る。蓮宮の裏手にあるコルク凌霄の木の下で座っているピンを見つけると、遠いところから駆けてきたのか、しばらく息を弾ませていた。
「そんなに舌を出さないの、プリック。美しくないじゃない、何度言えばわかるのかしら」
ピンは、すべき行動を取らないプリックを不満げに感じ、鋭い目線を向ける。確かにプリックは、使用人に見合わず賢い人間だ。だが、女性としての行いは、というと……。
プリックは、全くもってできていないだろう……。
そこで、ピンはプリックの作法を直すことを決意し、自身専属の使用人になってから早三年経った今も、諦めようとしたことは一度もない。
「大変失礼致しました、レディ・ピン」口ではそう言うが、目に映る口元は笑いをこらえているようだ。
「その手の中にあるものは何かしら」ピンはプリックが手に持っている、茶色い封筒を凝視している。
「アニン王女直筆の手紙でございます、レディ・ピン」プリックは封筒をピンへ手渡し、悪戯な笑みを見せた。
「うん……」
ピンの口から聞こえた言葉は短いものであったが、口元が緩み、笑みが見えてくる。光を放つその目は、ピンの幸せを映し出しているようであった。
プリックはこの瞬間を待ち遠しく思っていた……。
レディ・ピンにアニン王女からの手紙を手渡す、今この瞬間を。
何度も来たであろうアニン王女からの手紙を受け取ることが、レディ・ピンの人生において最も大切な物なのだと、プリックは良く知っている。
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