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【無料公開】シークレット・オブ・アス|第一章 ファーラダー・ターナヌサック医師

  • ミーナム
  • 7月21日
  • 読了時間: 10分

更新日:3 日前

シークレット・オブ・アス 第一章

シークレット・オブ・アス 第一章 ファーラダー・ターナヌサック医師

 首都中心部に位置する有名私立病院は、裕福な人々で溢れていた。私立病院はどこも国公立病院と良好な協力関係を築いており、連絡が必要な症例ではお互いに協力を惜しまない。また、場合によっては専門医の派遣を要請されることもある。

 セントキング病院の美容皮膚科の副部長を務めるファーラダー・ターナヌサック医師は、看護師や看護助手、診察を待つ患者たちからの挨拶に笑顔を返していた。

 甘く美しい顔立ち、ミルクのように滑らかな肌を持つファーラダー医師は、着任わずか三カ月にして、すでに病院中の人気者となっていた。海外から帰国後、病院長である父親の要請により家業を継ぐために美容皮膚科部門での勤務を始めたのだったが、本人にはそれほどの意欲はなかった。

 セントキング病院はターナヌサック家が経営する病院である。父親が院長を務め、兄と姉は経営部門で働いている。家族は次期院長としてファーラダー医師に期待を寄せていた。だが、この美しい医師本人は、国からの義務に従って、国公立病院で三年間働いたあと、すぐに、自分が望む皮膚科の専門を学ぶために外国へ留学した。

 二十七歳という若さで皮膚科の専門医課程を修了したが、自由な海外生活の楽しさに惹かれ、そのまま現地で仕事を続けることを選んだ。しかし、失恋の痛手が原因で、そして最終的には家族の要望を断りきれず、帰国を決断した。

 心に受けた傷は以前ほど鋭いものではなくなかったが、決して忘れられないものだった。描いていた美しい愛の物語が、相手が大学卒業と同時に冷酷に関係を絶ったことで、あっけなく崩れ去ったのだ。

 ずっと一緒にいたにもかかわらず、彼女は別の男性の存在を隠していた。 ファーラダー医師は、年下の女性に騙され、心を捧げ尽くした愚かな女になり果てた。 三年もの間、心のすべてを捧げた結果、残されたのは惨めで滑稽な記憶だけだった。移り気なその女性にとって、自分の愛情など無価値だったのだ。いったいどれだけの時間が経てば、この心の痛みは癒えるのだろうか。いつも笑顔を絶やさない美しい表情の裏側には、誰にも知られない感情が隠されている。

 家族からの懇願がなければ、再び故郷の国で働こうとは考えなかっただろう。一人でいるときは、いつもあの冷酷なタイ人女性のことを考えてしまう。だから、日々のニュース以外のことは何も知らないふりをして、自分の心を閉じ込めることを選んだのだ。

コン、コン、コン!

「先生、コーヒーをお持ちしました」 

「ありがとうございます」

「あと三十分で診察ですよ、ラダー先生」 

「はい、オーンさんが入れてくれたコーヒーを飲んでから行きますね」美しい医師の笑顔に、看護師は思わず頬を赤らめた。この魅力的な笑顔に惹かれない者がいるだろうか。

 皮膚科医はみんな美しい人ばかりなのだろうか。ファーラダー医師はまさにその頂点に立っていた。甘めのスタイルを装う日もあれば、スーツに白いシャツを合わせてクールな魅力を放つ日もある。おしゃれを楽しむ日には、洗練されたファッションでさらに魅力を引き立てていた。

 診察時間が迫り、再び白いカップが机の上に置かれた。診察業務はそれほど過酷なものではないが、仕事に全力を尽くすのは当然だ。ファーラダー医師は静かにその白いコーヒーカップを見つめていた。

 かつて毎朝コーヒーを入れてくれた人がいたことを思い出す。彼女はいつも「他の人を褒めちゃダメよ。相手があなたの魅力に夢中になってしまうから」と言っていた。

 コーヒーを飲みたいと思わなくても、結局いつも飲んでしまう。それはまるで、まだあの冷酷な女性のことを思い出してしまう自分の心と同じだった。

 ファーラダー医師は、細身で高価なサングラスと可愛らしいドレスを身にまとった女性に笑顔を向けた。その女性がサングラスを外した瞬間、何度か美容治療で訪れたことがある女性だと気づき、再び微笑んだ。

「こんにちは。本日は何のご相談でしょうか?」医師の声は普段通り穏やかで、特に変わった様子はない。相手が美しい女性だとしても。

「先生が私、ラティのことを覚えていなくて残念だわ」

 女優は拗ねたふりをした。ファーラダー医師に会うのはまだ二度目だが、目が合うたびもっと彼女のことが知りたくなった。しかし、彼女も同じ気持ちなのかどうかは分からなかった。

「患者さんが多いものですから」美しい医師の控えめな態度に、看護師は思わず背後で微笑んだ。ファーラダー医師はまだ勤務をはじめてから三カ月だというのに、性別を問わず、多くの患者が美容の相談に訪れる人気ぶりだった。

「ラティは先生の特別な患者になりたいの」女優の甘えたような口調に、医師は小さく首を振った。目の前の女性が芸能人だとわかっていても、彼女にとっては普通の患者と何ら変わりなかった。

「今日は何のご相談でしょうか?」

 形式的な医師の声に、女優は軽く睨むような視線を送ったが、医師は気にせず看護師に一般患者と同じ美容施術の準備を指示した。

「私は心の相談をしたいんです」

「心のご相談でしたら、看護師が循環器科へご案内します」

「でも、ラティは個人的に先生に相談したいの」女優が柔らかな手で触れてきたが、医師はそっと距離をとった。

「私は心のことは得意ではありませんので」

 もし心のことが得意だったら、自分は捨てられてなどいないだろう――。

 病院の食堂は、ファーラダー医師がいつも昼食をとる場所だ。彼女が院長のプータレート医師の娘であることを少しでも知っている同僚の医師や看護師たちが訝しげな視線を投げかけることがあっても、ラダーは病院の一般スタッフのように振る舞い、決して権力を悪用することはない。

「ラダーさん、今日は遅かったですね」胃腸科の専門医であるウィスヌ医師は、若い女性の医師であるラダーに笑顔を向けた。

「診察があったもので。ウィスヌさんは先に食べてください」

「大丈夫ですよ、一緒に食べましょう」三十三歳の若い医師であるウィスヌは、医学部時代から気に入っていた後輩に笑顔を向けた。けれども、当時ラダーとは先輩後輩の関係以上に親しくなることはなく、セントキング病院で働き始めてから、ラダーを見かけてようやく声をかけるようになった。

 昼食はシンプルで落ち着いたものだった。二人で座っていたテーブルには、何人かの医師たちも次々と座り、興味深い症例について話し合ったりしていた。ラダーは他の医師たちに笑顔を向け、気さくに会話を始めた。そして、この病院ではまだ新米のため、時折アドバイスを求めることもあった。

「ラダー、いつから下に降りてきていたの?」プレムシニー女医はすぐに美しい友達の隣に腰を下ろした。ラダーの変化を彼女が気づかないわけがなかった。でも、プレムはその女性が誰であるかも、どうしてこんなに素晴らしくて可愛い友達を簡単に振ったのかも、尋ねたことはなかった。

「プレムの十五分前に」

「ラダー、飽きないの? 揚げ卵*ばかり食べて」美しい医師であるラダーの昼食メニューに、プレムシニーは思わず顔をしかめた。彼女は本当に、なぜ友達が揚げ卵をそんなに好きなのか理解できなかった。それ以来、この食堂では、ラダーのために揚げ卵のメニューが当たり前のように提供されるようになった。

「本当なの? 誰かさんが揚げ卵を好きだからじゃないの?」

 ラダーは親友の言葉に答える代わりに、ただ笑顔を返した。プレムシニーの言葉は全て正しい。もしあの意地悪な女性がこのメニューを好きでなければ、毎昼揚げ卵を注文することはなかっただろう。それが習慣になってしまったことに、彼女は気づいていなかった。

 忘れたいこともあるけれど、どうしても心から消せない。あれからほぼ一年経っているのに、まだ鮮明に覚えている。

 穏やかな音楽が流れる店内では、騒がしさを好まない夜の観光客たちが、こうしたリラックスした雰囲気の店を選び、音楽を聴きながら食事をしたり、カウンターで軽くお酒を飲んだりしているのが見受けられる。プレムシニーは、ラダーが友達と一緒に座らずカウンターに一人で座っているのを見て、すぐに首を振った。お酒を飲むと、ラダーはいつも一人で静かな空間を求めてしまうのだ。

 グループの親友たちはよく知ってる。ラダーは多くの人々のアイドルで、「優しい天使」というニックネームまでついているが、見た目ほど控え目ではないことを。ラダーにはまだ隠している多くの一面がある。例えば、今日は黒いショートドレスを選び、自分の美しく輝く肌を引き立たせて魅力的に見せている。誰が言ったのだろう、医師という職業は命を救うために、まるできちんと折りたたまれた布のように整然としているべきだと。医師もまた、他の人と同じように自分の緊張を解放したいと思っている普通の人間なのだ。

「プレム、ラダーのところに行かないの?」

「お腹が空いてるんだもん。テーン、あなたが行きたいなら行けば?」女の心を持った男友達は大きな舌打ちをした。誰がラダーがアルコールを何杯も飲んでる時に関わりたいと思うんだろう。

「ほら、あの女性、ラダーのところに行ったよ」ボウはすぐにみんなの注意を引き付けた。すごく短いドレスを着たその女性が、彼女たちの友達の近くに立っていて、アプローチをしているようだ。そして、その女性はラダーの美しい首をなでていた。

「ラダーを放っておきなよ。何を心配してるの、女同士なのに」

「もしラダーがワタシみたいに男が好きだったら気にしないけど、ラダーは女の人が好きなんだから」

「だから何? 女の人が好きでも何も問題ないじゃない」プレムシニーだけでなく、グループで唯一の男友達の言葉に疑問を持つボウも同じように疑っていた。

「ラダーが一晩だけの関係に引きずりこまれてほしいわけ?」

「別におかしくないはないでしょう」

「あなたたちは本当に理解できないのね。ラダーは美しいし、同性も惹きつける魅力がある。もしその女性たちがラダーの写真を撮って脅迫しようとしたら、ラダーは誰かの天使じゃなくなるでしょう?」

「テーン、あなたって本当に小説みたいなことばっかり考えて……。そんなことする人がいるわけないでしょう」しかし、プレムシニーの考えは変わらなければならなくなった。ラダーが首を引っ張られて、キスをされようとしているのが見えたからだ。こんなふうに街中でキスするなんて、海外じゃないんだから。

「あれ、ボウ先生はどこに行ったの?」

「あっちだよ。天使様を連れ戻しに行ってるの。お酒を飲むと、いつもワイルドな一面が出てくるから」

「誰のことを言ってるの? ママに言いつけるよ」

「自分のことを言ってるのよ……。プレム、いつになったらラダーはあの女性を忘れられるんだろうね? あの女性が誰だか知ってる?」

「ラダーは言ってたよ。留学中に付き合ってたって。年下の後輩で、約六歳差」

「その子、そこで大学に通ってたの? ファーラダー先生は年下が好きなんだ」

「うん。付き合ってたけど、その子が卒業する頃に振られたって」

「理由は?」

「確かじゃないけど、ラダーが言ってたのは、その子に新しい男ができたのと、自分も忙しくて時間を作れなかったからだって」

「バカなこと言ってるわね。どうして医者と付き合うことがダメなのよ!」ラダーの話をしていたはずなのに、気づけばプレムシニーは自分の男友達を慰める羽目になった。彼女の男友達、テーンクン医師も同じ理由で恋人に振られたばかりだった。

「ダメなわけじゃないけど、理解してもらいにくいんだろうね」

 好きな香りがする柔らかいベッドなのに、どうして目を閉じて眠れないのだろうか。ラダーは静かに横たわり、部屋の天井を見つめながら、どんな光も入ってこないのに眠れずにいた。

 涙が頬を伝って流れ、眠れぬ夜に自分の弱さを感じさせる。アルコールは、よく言われているように何もかも忘れさせてはくれなかった。ただ、かつて一緒にベッドで遊びながら温もりを分け合った甘い思い出を思い出させるだけだった。

 いつになったら、この寂しさの感情が心から消えてなくなるのだろう。



*揚げ卵……タイ語では「カイルーククーイ」と言う。揚げ卵にタマリンドソースをかけたもの。

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