第四十五章
私の主様
「プリック」
「はい、アニン王女」
「私の隣に座りなさい。床に座ってなんかいると、綺麗なパヌンが台無しだわ」
大きなプールの前に設けられたキャンピングチェアに腰掛けていたアニン王女は、自分の足元にどっしりと座っている仲の良い使用人に話しかけた。
「よろしいのでしょうか? 私自身、あまりアニン王女のお隣に座るのは気が進まないのですが......」
「何がよろしくないのよ、プリック。ここは宮殿の中ではなくて、公園なのよ。そんな風に座っているから、通行人の人たちから注目を集めてしまっているわ。だから、ほら。ここに座りなさい」
そう言われてしまったプリックは、おもむろに周囲を気にして、明らかに落ち着かない様子であちらこちらへ頭を振り始めた。彼女がアニン王女の隣に置かれたキャンピングチェアに座るまで、実に数分もの時間が掛かった。
「ふふっ」チェアのうんと端にちょこんと腰を下ろした使用人を見て、アニン王女は意地悪そうに口を開く。「そんなに離れて座っちゃって……私のこと、そこまで嫌いかしら?」
「滅相もございません、アニン王女」プリックはぶんぶんと頭を振る。「私めはただ、アニン王女に恐れ多さを感じているだけです」
「もう、何度言えばわかるのよ。二人でいるときは、私の友達でいてくれればいいのよ」
「あ、そうだったわ」プリックはそう言いながら、髪の毛を手で振り払った。「たまたま自分の立場を忘れてたのよ」
プリックのその一言が、アニン王女に数日ぶりの笑顔をもたらした。多少の距離を維持しながら、プリックがアニン王女の方に身を寄せ始める。
「プリックはこの場所に来たことある?」
冬の訪れを感じさせるような、十一月初旬のある日。まもなく夕方に差し掛かろうかという頃、冷たいそよ風が吹き抜け、大きなプールの水面に波紋がいくつも広がる光景を眺めながら、アニン王女はプリックにそんな疑問を投げかけた。
レインツリーの大樹の影が、アニン王女の腰掛ける焦茶色のチェアを、まるでその大きさを誇示するかのように覆い尽くしている。しばらくすると、風に煽られた紅葉が落ちてきた。
「いいえ、ここに来たことはござ……ええと、来たことはないわ」
城壁の外に出たら『親友』として振る舞うように命じられているプリックは、敬愛してやまない主様のお言葉を信じて、髪の毛を勢いよく振り上げた。
「肩の力を抜いてちょうだい。ここには私たちしかいないんだし、誰にも聞かれることはないわ」
アニン王女は笑顔を浮かべた。
「はい」
肩の荷が下りたのか、プリックはリラックスした様子で答えた。
「プリックはこの場所、どう思う? お気に召したかしら?」
アニン王女は優しく問いかけた。
「好きです。水面を通り抜け、底に反射して戻ってくるプールの銀色。青空に広がる空色。そして、風に揺れる木々の緑色。どこを見ても、目が癒されるような景色です」
「ピンさんもここが好きなのよ」