第三十二章
ホアヒン
サウェタワリット家がホアヒンに保有する宮殿は、その名をプリディピロム宮殿*と言う。中央にはスペイン風の赤レンガで造られた高い塔状が建ち、その周囲に一階建ての小宮殿が三棟ほど建てられている。さらに、その周囲を取り囲むようにして、つる植物に包まれた社が大小問わずに設置されている。
アナン王子が予定を組み、ピンが『かなりの大所帯』と表現した、このホアヒン旅行の『参加者』は以下の通りだ。まずは言うまでもなくアナン王子。それから、レディ・パーラワティ、アノン王子、オーンさん、オンさん、ウアンファーちゃん、アニン王女、レディ・ピン、プラノット、プリック、プライ。そして午後からは貴公子グアが合流する。加えて、宮殿で雑務をこなす使用人が四、五人帯同するようだ。
寝室争奪戦は波乱の展開が予想されたが、アナン王子とレディ・パーラワティ、そしてアノン王子がプライベートな空間を望まれたことで、予想に反して諍いは起きず、次のような組み合わせで決着した。すなわち、アナン王子夫妻は東側の家に、アノン王子は西側の家で休まれ、その他の参加者は本宮殿に多数ある寝室で泊まることになった。最も気になるアニン王女はと言うと、幼い頃に泊まられたのと同じ部屋をご所望されたようで、塔の最上階の広大な一室にお一人でお泊まりになることになった。
さて、そんな大所帯の一同は、ちょうど正午になろうかという頃合いに目的地に着くと、全員同席のもと昼食を済ませ、各々で身支度を整えた後、自由行動の時間に入った。かたやアナン王子夫妻は、コンバーチブル式の真っ赤なスポーツカーで仲睦まじくドライブを楽しみ、かたやオーンさんとオンさんの姉妹、そしてウアンファーちゃんの三人は、海を前にして大興奮のあまり目にも止まらぬ早さで水着に着替えると、海水浴に興じていた。
花嫁修行の経験があるピンやプリックは、数時間後に控える夕飯の支度に追われていた。ここは流石に、宮殿の裏方役として育ってきた二人である。ピンは、プリックや他の女性使用人たちの働きぶりにも目を配りながら、バーベキューと炭火焼に使う予定の海鮮食材の準備に取り掛かっているところだ。さぞかし男性の使用人たちは暇を持て余しているのかと思いきや、彼らは彼らで、主人たちがバーベキューを滞りなく行えるよう、荷物を移動させたり、炭火を持ってきたりと、右に左に大忙しのようだ。
「手伝いますよ」
「恐れ入りますが、それはお受けできかねます。アニン王女は、海水浴などをお楽しみください。こちらは私めが監督致しますので」
釜戸の周囲をうろつくアニン王女の姿が視界に入るや否や、ピンは即座に、彼女をそこから遠ざけるように身体を押し出した。釜戸から溢れる熱や炭で、大事なアニン王女が溶けてしまうのではないか。そう危惧していると言わんばかりに、ピンは真剣かつ慎重な空気をまとわせていた。