第二十一章
簪
中の様子を容易に覗くことが出来るほど、寝室の扉は開け放たれていた。実際に、中では黒装束を身に纏うアニン王女が鏡の前で耳飾りを外している姿が見えた。
余りある不安を少しでも緩和するべく、ピンは大きく深呼吸をし、その宮殿の主に自分が来たことを知らせる為に扉を叩いた。
アニン王女が振り向き、なぜここへ来たのかと考えている様子が伺える。
ピランティタの呼吸が不規則になり始める……。
アニン王女は外した片方の耳飾りを縄の模様に装飾された箱へ片付け、寝台の足元にあるソファではなく寝台自体に腰かけるようピランティタへ手招きした。
「ピンさん……まずは座って下さい」
アニン王女の落ち着いた振る舞い、そして変化のない表情は、ピンに圧を感じさせ、有無も言わせずに、言われた通りに寝台へと腰かけた。その間、アニン王女は残っているもう片方の耳飾りを焦ることなく外そうとしている。
鏡に反射して見えるアニン王女の姿を黙って見つめ続ける。身を包む黒装束はアニン王女の輝く肌をいつも以上に目立たせ、ハリのある唇は真っ赤な口紅で彩られ、元より持つ美しさを何倍にも膨れ上がらせる。
アニン王女の美しさは……正午になると真上に鎮座する太陽のようなまばゆい可愛さを纏うこともあれば、それとは相反し夜闇に浮かび漂う月のような妖艶さ纏っていたり、二面性を含んでいるとピンは考える。
そして今……闇を纏うようなその魅力は、ピンの心を底の見えない大穴へと誘い突き落としていく。
大粒のルビーが付く豪華な耳飾りを外そうとする仕草は、意識する間もなく目を奪っていった。身につけている装飾品を全て片付けると、ピンの真向かいに位置するようにアニン王女は座った。
アニン王女はいつものようにピランティタへと微笑んだ。確かに微笑んでくれた。だが、その微笑みはアニン王女の象徴ともいえるような、五月に香ってくる蜂蜜のような甘さいっぱいの笑みではなく、奥深さがなく悲しみに満ちた苦薬のような苦みを帯びている。
「今晩ピンさんに会えると思っていなかったわ」