第四十九章
事の発端
時は結婚式の一週間前まで遡る。
貴公子グアキティを幾度となく尾行する内に、プリックは想定よりも簡単に、彼の奇妙な行動の現場を目撃することができた。
「ふふっ」プリックは、想定通りに動いた獲物の姿を目にして、勝ち誇ったように肩を揺らして笑った。「ご覧ください。貴公子グアは、午後の遅い頃によくこうして仕事場を抜け出すのです」
「プリックは、天からの恩恵を授かっているようだなは」アナン王子は、何年間も蓮宮の足としての役目を果たしてきた『チャオケー』の運転座席に座りながら、いかにも気分良さげな様子でそう言った。「アニンがプリックのことをいろいろと褒めちぎっているのを、耳に胼胝ができるほど聞かされていてな。今、俺も初めてその現場に居合わせたよ」
「あまりに勿体ないお言葉です、アナン王子」プリックも気持ち良さそうな笑みを浮かべる。「私が見たのは、アナン王子も既にその目で捉えられていた光景です」
アナン王子は軽く腕を振ると濃い色のサングラスをかけ、それから、深く帽子を被った。
「実際、俺も確信が持てずにいたからな。プリックが明言してくれたからこそ、俺も同じように思えたのだ」
「この瞬間にアニン王女も立ち会っておられれば。なんと勿体ないのでしょう」
「それは絶対に無理だよ、プリック。あいつの容姿は、横切る人々の視線をすべて奪ってしまうのだから。だから、アニンは俺とプリックにここへ来るようお願いしたのだろう?」アナン王子が笑い始める。「アニンが言っていたぞ。プリックは土や草木、宮殿の柱にまで溶け込むことができる、超能力を持っていると」
「ほめ過ぎでございます」プリックは肩を揺らして大笑いした。
「鋭く的確な聴覚や視覚。こと聴覚に関していえば一級品で、一度神経を研ぎ澄ませれば、どんなに遠く離れた音でも聞き取ることができると......」
「私は魔法使いなのでしょうか」アナン王子が飽きることなく褒め続けると、プリックは呆れたように視線を上向かせた。
「そうだなあ」アナン王子は、プリックとの一連のやり取りに満足げな笑みを浮かべる。「この任務を無事に全うできれば、どんな存在でも構わないよ」
アナン王子が自らの目でしかと見た、青年の『奇妙』な行動。その行動について、アノン王子は、貴公子グアがレディ・ピランティタと正式な婚約を交わす以前には認知できていなかった。それは、アノン王子と貴公子グアが友人として非常に親しい関係にあったがゆえに生まれた『盲点』だった。
しかし、貴公子グアの奇妙な行動は、逆にアナン王子の注意を引き、ある疑念を生じさせてしまった。