クレイニアム|第十五章【支援者先行公開】
- Nalan
- 11月22日
- 読了時間: 16分
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小説『クレイニアム』 第十五章
「さて、全員そろったわね」長方形の会議卓の正面に座った五十九歳の女性が、定例の月初めの会議を始める合図をした。
ニサラー准教授の現在の学術的な肩書きは准教授であり、かつ生体人類学研究所の所長でもある。ちょうど一年前に設立されたこの研究所は、政府や民間からの支援に加え、複数の大学とも連携を結んでおり、地域初の本格的な人類学研究機関として位置づけられている。大学院レベルの修士・博士課程の学生も受け入れていた。
会議室で最も年長の彼女は、かつて自分の教え子だった大学院生たちを含む二十六名の研究員やスタッフを見渡し、微笑んだ。
「今日は正式に、副所長を紹介するわ」そう言って隣に座る人物に頷きかけた。さらにその隣には研究所の秘書オン、そしてブアが続いていた。
淡い色のシャツに黒のスーツを合わせたピンが立ち上がり、合掌して一礼する。
「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」
「ピンヤー博士は、今週から正式にここで勤務を始めます。みなさんすでに顔を合わせた人もいるでしょうね。副所長のほかに、主任研究員、そして大学院生の指導教員も兼ねます。もしまだ指導教員が決まっていない人は、相談してみてください」所長の言葉に、出席者たちは一斉に頷いた。視線が交錯する。博士課程で同世代、もしくは三年以内の差で在籍していた者たちは皆知っている。ブアとピンが犬猿の仲だったことを。そして今回、所長の寵愛を受けていると囁かれてきたブアが当然得ると思われたポストを、突然横取りされた形になったことも。
これは面白いことになりそうだ。
そう思った者たちの視線が、椅子に身を預け眠気の抜けない顔をしているブアに集中する。彼女が不満を露わにするのを期待して。
ピンまでもが、かつての天敵を伺うように目を向けていた。
しかし……ブアはただうつむいて誰の視線も気にせず、頸椎をまっすぐ保とうとしながら、右手にはずっとコーヒーカップを握っていた。
なぜなら――このポストをピンに押しつけた張本人は、ほかならぬ彼女自身だからだ。
これでようやく「先生のお気に入り」などという噂も消える。鬱陶しいにもほどがある、と彼女は思っていた。
ピンの方が優秀で、経験も豊富で、研究所の顔としても相応しい。ブアには反論できない事実だった。自分は博士号を取ったばかりの新米で、大きな役職を背負える器量などない。まして、フィールドワークの技術では到底あの女に敵わない。
そして何より――ブア自身、責任を背負う気がなかった。
すでに政府助成による研究プロジェクトを二件抱えており、今後も増える見込みだ。さらに大学院の授業で物理人類学や解剖学の基礎を受け持つ必要もある。
そして、未解決の飛行機事故の身元確認作業だって残っていた。
そう考えたら、副所長の職務をピンに任せるのも当然だ。かつて彼女に倫理委員会での査問を食らわせられ、卒業を一年近く遅らされた借りもある。これでおあいこだろう。
(決して……魅力的な身体に釣られたわけじゃない。私があの女に夢中なわけじゃない。ただ、能力に見合った役職を与えただけ)
そう誓うように自分へ言い聞かせる。
――ベッドを共にする相手。それ以上でもそれ以下でもない。
「そしてブア博士は、主任研究員兼ラボ長を務めます。理学療法学の実験室を使う場合は、必ず彼女に連絡してからにしてください」所長の声が半ば夢うつつの耳に届き、ブアは軽く頷いた。
会議は続いていく。しかしブアの意識は薄れていた。昨夜は授業計画と研究計画書の作成に追われ徹夜。今日も研究費で導入する予定の実験機器メーカーと商談を控えている。考えるだけで頭が痛い。
だからこそ、副所長の雑務などはすべてピンに押しつけた。――ただ少し、呼吸する余裕が欲しかった。








