クレイニアム|第二章【支援者先行公開】
- Nalan
- 5 日前
- 読了時間: 9分

小説『クレイニアム』 第二章
ブサヤー博士はこの日、何度目かも分からないため息をついた。 何年も寝る間を削って勉強してきたのに、ようやく訪れた平穏の時間を満喫することもなく、それだけでもう十分な業だと思っていたのに――。よりによってピンヤーと同じテントに寝泊まりする羽目になるなんて。これはもう前世の業が追いかけてきて、報いを受けているとしか思えない。
ブアにとって、彼女は友人とは言い難い。かといって敵というほどでもない。言葉を選ぶなら……宿業の相手。それが一番しっくりきた。
彼女は、緑色の防水仕様の大型テントの前で立ち止まった。事故現場から二百メートルほど離れた場所に、八張りほど並ぶ職員用テント。その一つに、白い防水プラスチックの名札が掲げられている。「ブサヤー・メーティン博士」と黒文字で書かれていた。……だが、その下に並ぶもう一枚の名札にはこうある。「ピンヤー・タナーノン博士」。
名前の敬称から察するに、あの人もついに卒業したらしい。最後のひと暴れで彼女に噛みついた後、跡形もなく姿を消した。
その後、彼女の行方は誰にも分からなくなった。
ピンヤーの専門はブアと同じ、自然人類学。だが、教授が特に発掘や古代文明関連の現場に彼女を送り出していたおかげで、有史時代の人類文化に関しては豊富な経験を持っている。
ブアは観念して息を吐き出した。と、その背後を足音が横切った。振り返るまでもなくピンヤーだ。大きなリュックを背負った肩が、わざとらしくブアの肩を小突いていく。危うく足を引っかけて転ばせたくなるのを、必死に堪えた。
「久しぶりに現れたかと思えば、まだ脊椎動物の域にも達してないのね。相変わらず無作法だこと」口は抑え切れなかった。ピンヤーが鋭く振り返り、今にも胸ぐらを掴まんばかりに手を伸ばしてきたが、ブアは素早く払いのけた。
「口の利き方も博士号に見合うようになったのかしらね、ブサヤー博士」ピンヤーはにやりと口角を吊り上げ、ブアの唇をじっと見つめた。「その綺麗な口元、大事にした方がいいわよ。いつか『下等動物』の上肢でもぶつかるかもしれないから」そう言い捨てて背を向ける。「私は入口のベッドで寝る。あんたは奥ね」命令のような口調に、ブアは舌打ちしたい衝動を堪えた。
余計な争いはごめんだった。首を振り、代わりにテント前でしゃがみ込み、土を一握りすくい取る。それを両手に包み、静かに祈りを込めてから、そっと地面に落とした。土地の精霊に作業と休息の許しを乞うために――いつもの習慣だ。
だが、今回は初めから運に見放されているらしい。